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フランス料理科学分析

ラタトゥイユ3

エスコフィエ通信32・33号の2度にわたって、南フランスの地方料理、ラタトゥイユの分析結果をお知らせした。食品には、身体によいとされる成分が含まれている。 特に野菜は、生活習慣病の予防に役立つといわれているので、野菜をふんだんに使ったこの料理にも有効成分があるのかを調べるため、分析を行った。 比較ができるよう、作り方を変えた3つのラタトゥイユを用意した。

A・・・『ラルース西洋料理基本百科1500』の作り方
冷製として供するのを目的として調理。

B・・・現代風な作り方(炒めただけのもの)
魚、肉の付け合わせ用。温製として供するのを目的として調理。

C・・・Aをアレンジし、手間をかけた作り方
温製として供するのを目的として調理。Cだけブーケ・ガルニと白ワインを使用。

A、B、Cとも温製・冷製の2種、計6種類を用意。分析にはそれぞれの目的の温度で作ったものを提出したところ、作り方によって成分の量に多少の違いがあることがわかった(エスコフィエ通信33号参照)。

口にする食べものが身体によいかという科学的なことを知るのも大切だ。だが今回は私たち料理人にとって、もっとも重要な味について報告する。

A〜Cの冷製は味見の前日に、温製は味見の当日作った。試食は冷製・温製の両方行った。

科学分析事業でラタトゥイユを取り上げるにあたり、昭和女子大学大学院教授の木村修一先生にもご協力いただいた。 メゾン・オノの電化厨房施設で材料をカットするところから調理工程のすべてを見学、そして味見にも参加してもらって意見をお聞きした。 味見には協会の科学分析担当理事のほか、電化厨房担当の松村シェフ、またフランス料理に詳しい人たちも加わった。

分析結果

 A:冷製として調理B:温製として調理C:温製として調理
冷製温製冷製温製冷製温製
色彩退色気味色鮮やか退色気味色鮮やか退色気味一番色鮮やか
塩味やや薄いちょうどよい薄い単品だとやや薄い
付け合わせと考えるならちょうどよい
やや薄いちょうどよい
旨さ旨い旨い冷製<温製
冷製より温製の方が味が上
冷製<温製
冷製より温製の方が味が上
酸味  A、Bより酸味あり
香り  野菜以外の香りがする
味全体はCと似ている味全体はAと似ている上品な味がする
備考 ※冷製は前日作ったため、全種とも色が退色している
※B、Cは温製として調理。そのため冷製は塩味が薄くなっている
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分析結果を読み解くと

上記の表の中から特筆する点をいつくかを挙げてみる。

酸味

エスコフィエ通信32号でA〜Cのラタトゥイユの作り方を掲載した。 使用した野菜などの材料や分量はすべて同じだが、Cだけに加えたものが2つある。ひとつは白ワイン、もうひとつはブーケ・ガルニ。 CはA、Bに比べて酸味を感じた人が多かったが、これは白ワインを使っているからだろう。

香り

先にあるように、Cだけにブーケ・ガルニを使った。そのため、野菜以外の香りを感じたという意見が多数あった。 またオリーヴ油とトマトに、にんにくの香りを移して調理した。それも関係しているのかもしれない。

結果としておいしさは、C>A>Bという順となった。ラタトゥイユは地方から生まれた料理だが、Cは手を加えることにより上品さを感じるようなものに仕上がった。

個人的にはA とCのラタトゥイユに、玉ねぎをさらに150g前後、またCの作り方なら、トマトを150gほど追加してもよいかもしれないと思った。 その場合、トマトは半乾燥させたものと生のものの量を比例配分で同量にすると、ちょうどよい味になりそうだ。

どのラタトゥイユもトマト味が足りないと感じるなら、トマトの量を増やすのではなく、湯むきして種を取り(ゼリー部分は使用)、刻んで煮詰めてピュレ状にする方法もある。 個人の好みや調理法を考えて、自分流を作り上げればよい。

木村先生から、ピーマンは緑より赤やオレンジの方が栄養的に優れていて、野菜は火を通した方が、これもまた栄養的によいし、量も摂れると聞いた。 ラタトゥイユにはカロテンが多く含まれていると思うし、野菜は腸内細菌の働きを助けるので身体によく、カロテンは油で炒めるほど吸収率が上がるので、生活習慣病の予防に効果があるといわれているオリーヴ油を使っての調理は非常に好ましい、さらに野菜に含まれるビタミン類はがんの抑制効果があるとのこと。 熱に弱いビタミンCは@酢を入れる、A熱湯に通す、と破壊を防げる。Aは熱湯にくぐらすことで、ビタミンCを壊す酵素がなくなるそうだ。 鉄の鍋などでビタミンCを含む食材をゆでたり火を通したりすると、ビタミンCが損なわれてしまうので、使用しないほうがよいらしい。 厨房には鉄の混ざったステンレス系のフライパン等もある。マグネットを近づけ、付けば鉄を含んだものだとわかる。

また、特に食事の最初に酢のものを摂ると血糖値の上昇を防げる、などの助言もいただいた。 ラタトゥイユに酢は使用していないが、レシピを引用した『ラルース西洋料理基本百科1500』には「冷たくして前菜で出すならレモン汁をふり」とある。先生の話と相通ずるものを感じる。

ハーブ類には健康、栄養という点で利がある。最近はあまりやらないようだが、料理にパセリを刻んだものを入れたり、最後にふったりする。 パセリは、カロテンの含有量が野菜の中でもにんじんとともにトップクラス。 ハーブ類の中では生のディルもパセリに次ぐ含有量なので、ラタトゥイユをはじめとする料理に好みで使えば、味の変化を楽しむことができるだろう。

グランド・キュイジーヌを主に調査・研究する目的ではじめた科学分析事業。今回、ラタトゥイユを取り上げる時、本来の対象からはずれるのではないか、という意見もあった。 しかし野菜の必要性を求められる現在、たくさんの種類の野菜を使ったこの1品に注目してみたら、と考え選んだ。

フランスの地方から生まれたこの料理がいつ頃できたのかを調べたが、わからなかった。 農家の人たちが、夏の暑くて食欲の落ちた時、自分の畑でとれた野菜を体力をつけるために作り、冷やしたり温かくして魚や肉などと一緒に食べたのだろう。 だからインドのカレーと同様、各家庭で作り方、用いる材料も違っているのだと推測する。 それが時代とともに、使う材料も定まったところで情報として広まり、地方から中央都市部に入ったのだろう。 そして素朴な元来の調理法だけでなく、都市部の料理人が様々な工夫を凝らしてレストランで提供できるような洗練された商品として価値あるものに変わってきたのではないか。

エスコフィエがニースに滞在していた時にチョウザメのムニエルにラタトゥイユを添えた料理を得意としていた。 その名も“Supreme d’esturgeon en chemise de ratatouille”と『村上信夫の料理ノート』にもある。 地方の農家から生まれたこの料理にエスコフィエも目をつけたということは興味深い。エスコフィエの料理に対するわけ隔てのない姿勢には感心する。

こうやって分析してみると、ラタトゥイユがすばらしいことがよくわかる。 フォワ・グラ、トリュフなどのように話題性や華やかさがなくても、よいものは時代とともに残っているものである。

味見の最後に木村先生が、「食べるものは栄養がどうのと気にして、おいしく食べられないのでは味がない。 1人ではなく、何人かで楽しく食べることが健康の源。私はそれを心がけている。料理人の皆さんには栄養も大切だが、まずはおいしく作ることを大事にしてほしい」とおっしゃった。 それを聞いて皆、“我が意を得たり”という顔でうなずいていた。

前 科学分析担当 大貫勇

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参考文献

食品・栄養・食事療法事典(産調出版)
食材健康大事典(時事通信社)
がん抑制の食品事典(法研)
野菜の科学(朝倉書店)

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